凧揚げアクション(Kifah)呼びかけ文
2011年3月11日、東北地方が地震と津波による甚大な被害に見舞われたことは、すぐに、イスラエル占領下のパレスチナ、ガザ地区の人々の知るところとなりました。
ガザ地区は、2007年からイスラエルによる完全封鎖のもとにあります。このとき、封鎖はすでに4年近くに及び、その2年前には23日間にわたり、イスラエルの大規模な軍事攻撃があり、1,400人以上が殺されました。しかし、ガザの人々は、「家を失った悲しみを私たちは誰よりもよく知っている」と言って、東北の被災者のために義援金を集めて送ってくれました。そして、地震や津波で家や家族や故郷を失くした東北の人々のことを忘れないために、3月には、子どもたちが大勢、集まって、凧揚げをしてくれていました。
ガザの住民たちの7割が、76年前、「ユダヤ国家」建設に伴う民族浄化によって故郷を追われた難民たちとその子孫です。パレスチナ人のこの祖国喪失の悲劇を「ナクバ(大破局)」と言います。ナクバは、過去の出来事ではありません。パレスチナ人はこの76年間、形を変えてつづく民族浄化の暴力に、ずっとさらされてきました。
パレスチナ難民2世の作家、イブラーヒーム・ナスラッラーの小説『アーミナの婚礼』のなかに、次のようなことばがあります――この世界に、自分のほかに大切なものは何もなくなってしまったとき、人間は真に敗北する。
パレスチナ人は、この76年間、ひとたびも止むことなく襲いつづける現代進行形のナクバのただなかを生きながら――あるいは、そのなかで殺されながら――それでも、「他者を大切にする心」を守り続け、人間であり続けようとしました。東北の被災地のための凧揚げは、そうした闘いのひとつです。
現在進行形のナクバは、昨年(2023年)10月7日以来、まごうことなきジェノサイドとなりました。ガザ地区の230万の住民のうち200万人が家を追われ、避難生活を何カ月にもわたり強いられています。すでに7割の住宅が破壊されました。毎日、ガザ地区のあちこちで集団虐殺が起き、攻撃による死者は、遺体が確認されている者たちだけで4万人を超えています。イスラエルは大量に人を殺しているだけではありません。パレスチナ人がこの地に根差して、何千年も歴史を紡いできた、その歴史的な記憶の痕跡もことごとく破壊し、「パレスチナ人」という歴史的存在そのものを地上から抹消しようとしています。
パレスチナ人は、パレスチナに自分たちの国をもつ権利があります。1988年11月15日、パレスチナ民族評議会は、パレスチナの独立を宣言しました。ガザが繰り返し攻撃され、いま、殲滅の暴力にさらされているのは、ガザのパレスチナ人が、どんな目に遭おうとも、「パレスチナ人である」ということを決して手放さず、そして、自分たちには故郷に帰還する権利、主権をもった自分たちの国をもつ権利がある、ということを決して諦めないからです。
第二次インティファーダのさなか、長期にわたり外出禁止令が敷かれるなか、占領下のパレスチナ人の子どもたちは、自宅の窓から凧を揚げて、占領に抵抗しました。ガザの子どもたちは2011年7月、同時に12,0000以上の凧を揚げて、「同時に揚がった凧の数」でギネス記録をつくりました。今年(2024年)5月、イスラエルの攻撃が続くなか、ラファの子どもたちは凧を揚げました。1日だけ、ラファの空を、ドローンや戦闘機ではなく、希望の凧が舞いました。
空高く揚がる凧は希望と平和の象徴です。パレスチナの人々の抵抗の象徴です。
封鎖下の困難な状況にありながら、東北の被災地に心を寄せ、凧揚げをしてくれていたガザの子どもたち、そして、いま、ジェノサイドのただなかにあるガザの人々の闘いに連帯し、パレスチナがイスラエルによる占領とアパルトヘイトから解放されて、パレスチナ人が自由と平等と自己決定権をもって生きることができるパレスチナを実現する、その決意を込めて、36回目のパレスチナの独立宣言記念日を前に、私たちは2024年11月9日(土)パレスチナ連帯のための凧揚げアクション(Kite Flying Action for Humanity 略称:KiFAH キファーフ)を計画しています。
ぜひ、みなさんも、パレスチナの独立宣言記念日をはさんで、2024年11月9日(土)から16日(日)までのあいだの任意の日に、それぞれの土地で、パレスチナの平和、パレスチナの解放、共生の未来への希求を掲げて、凧揚げアクションを開催してください。
From the River to the Sea, Palestine will be Free!
川から海までパレスチナは自由になる!
上記に基づいて、皆様に呼びかけます。
2024年9月11日
岡真理、北海道パレスチナ医療奉仕団(https://hms4p.com/)